イスラエルは自滅するのか?

イスラエル経済はガザ戦争で大きく落ち込むことになった。

2024年2月の時点のGDPは、2023年の第4四半期に比較し、19%落ち込んだ。
イスラエル中央統計局によれば、個人消費は26.3%減少、輸出は18.3%減少し、
住宅用建物などの固定資産投資は67.8%減少した。

他方で主に戦費や企業や家計への補償を目的とした政府支出は88.1%増加した。
フーシ派の攻撃は、スエズ運河の収入を40%から50%減らすと予測されている。
スエズ運河により地中海と結ばれている紅海は、世界の海運の15%が通過する、
世界貿易にとって極めて重要な航海ルートだ。

イスラエルは経済的には2000億ドル(28兆円余り)の外貨準備高と米国からの軍事支援140億ドル(2兆円近く)によって戦費をまかなおうとしたが、
他方でガザ戦争では25万人の国民が避難を余儀なくされ、
36万人の予備役兵が召集され、
避難と予備役の召集はイスラエル経済の停滞をもたらす要因となった。


イスラエル銀行、イスラエル財務省によれば、2023年10月7日から2024年3月末までに、イスラエルの戦費は730億ドル(11兆5000億円ほど)かかっている。

これはあくまで戦費で、ガザ近郊から退避している25万人のイスラエル国民に対する補償などは含まれていない。
また、イスラエルでは、北部でレバノンのヒズボラの攻撃から退避している人々もいて、彼らの戦時補償も考えなくてはならない。
さらに、ガザでの戦争に駆り出された36万人の予備役兵の給与の支払いの問題もある。

先進的なアイデアと技術で新しいビジネスをつくり出すスタートアップ産業はイスラエルの成功分野だったが、
ネタニヤフ政権の司法改革の試みに対する抗議運動が激しくなると、
この分野への外国からの投資は減り、
2023年には半減
したとされている。

2023年10月末、イスラエルの経済学者300人が政府に公開書簡を書き、
ネタニヤフ首相と極右政党出身のベザレル・スモトリッチ財務大臣に対し、
予算の優先順位を検討するように求め、
超正統派コミュニティ向けの教育プログラムのために確保しておいた資金を軍事費に回すように要求した。

超正統派は、労働することもなく、
宗教教育に重点が置かれる独自の教育プログラムをもっているが、
彼らの宗教活動はイスラエル社会では偏って優遇されている。

イスラエル経済がガザ戦争の長期化によって打撃を被ることは明らかだが、
極右が支配するイスラエル政治では戦争の継続は必然とも言ってよい状態になっている。こうしたイスラエルの軍国主義的性格が、イスラエル経済を麻痺させており、
今後も低迷や停滞を継続させる可能性が高い。

■自壊するイスラエル経済と軍事覇権主義が教えるもの

米国CIAの元職員で、カリフォルニア大学サンディエゴ校の教授も務めたチャルマーズ・ジョンソンは、
米国の軍事覇権主義は「絶え間ない戦争、民主主義の崩壊、真実の隠蔽、そして財政破綻」という「4つの悲劇」をたどって崩壊への道をたどるだろうと予想した。この予想は現在のイスラエルにも当てはまるように見える。


イスラエルのヘブライ語紙「マーリヴ」は2024年7月10日、
ハマスの奇襲攻撃と、イスラエルの報復が始まった2023年10月7日以来、
イスラエル国内の4万6000の事業が閉業に追い込まれたことを報じた。
記事はイスラエルを「崩壊する国」と形容し、イスラエル経済の危機的状態を分析した。

この記事によれば、最もダメージが大きかったのは建設業で、それに関連するセラミックや、空調、アルミニウム、建築資材などのエコシステム全体も深刻な影響を受けているという。

イスラエルの建設業が不振に陥ったのは、ガザでの戦争開始によりヨルダン川西岸やガザからパレスチナ人労働者を調達できなくなったことが大きい

2023年10月7日以前、ヨルダン川西岸からイスラエルに通っていたパレスチナ人労働者は20万人、またガザからも1万8500人がイスラエルに労働に赴き、そのうち8万人前後が建設現場の初期工事を担っていた。イスラエルでは2023年終盤に建設工事が95%も減少し、建設業の低迷によって経済全体が19%も落ち込んだ(ロイター、2024年3月24日)。

戦争によって貿易も大きな影響を受け、
また、イエメンのフーシ派による船舶への攻撃によってイスラエル南部の主要港であるエイラトの収入も大きく減少している。
アジア諸国からの原料や機械、原油、燃料、小麦、自動車などがエイラト港に陸揚げされなくなった。
イスラエルの戦争を支援する米国やイギリスの船舶も寄港が困難になっている。

ネタニヤフ首相はイスラエルをより安全にすると言って戦争を継続しているが、イスラエルは国民生活の根幹である輸入食料まで戦争で失いつつある。

「タイムズ・オブ・イスラエル」(2024年4月21日付)によれば、
イスラエルの農地の20%はガザとの境界地帯にあり、
イスラエルで消費される野菜の75%は同地帯で生産されている。

またヒズボラのロケットやミサイルが着弾するイスラエル北部は、
イスラエル全農地の3分の1
を占め、
国内の鶏卵生産量の約73%がイスラエル北部のガリラヤ地方や、
イスラエルがシリアから占領する北東部のゴラン高原に集中しており、
農業は危機的状況におかれている。


ガザ戦争以来の2023年12月にはイスラエルに輸入された野菜と果物が6万トンと倍増し、その価格も著しく上昇した。こうしたイスラエルの食料不安によって国民の適切な発達と健康に必要な栄養を供給できないとも政府が判断するようになっている。

イスラエルの農業は外国人労働者が離れた結果、大学生のボランティアに頼るようになったが、それでも農業の労働力不足は顕著で、1万人の労働力不足が指摘され、
イスラエル農業農村開発省もパレスチナ人の女性を年齢に関わりなく、
また60歳以上のパレスチナ人男性合わせて8000人をヨルダン川西岸から雇い入れる計画を提案したが、
ベングビール国家治安相は安全上の問題があるとして、この提案を拒絶した。

イスラエルが経済を再生させるには、ガザ停戦を一刻も早く実現し、パレスチナ国家を認め、パレスチナ人やイラン、シリアなど従来敵対してきた勢力や国との戦争状態を解消することが必要だが、
極右を含むネタニヤフ政権の視野は狭く、平和を創造するための発想には極めて乏しい――。

以上、宮田律氏の新刊『イスラエルの自滅 剣によって立つ者、必ず剣によって倒される』(光文社新書)をもとに再構成しました。イスラエルが戦争を続ける根源と目的、またナショナリズムの先鋭化などを詳細に解説します。

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