ウクライナ 「永世中立国」 案

ちょうど8年前、ウクライナ政界のエリートたちは今と同じような問題に直面した。アメリカの新しい大統領に就任したドナルド・トランプが、ウクライナに関してロシアとの取引を望んだら、どうすべきなのか?

ウクライナの外交官を務めていた私は当時、いくつかのアイデアを提案した。アメリカとロシア相互に拘束力のある安全保障体制を築く方法、ウクライナが支配を失った地域を国連の国際的暫定統治領とする方法、あるいは2014年にロシアが一方的に併合したクリミアに自治権を与えるアプローチなどだ。

これらの提案は、当時のポロシェンコ政権で建設的に議論されるどころか、政府やメディアから非難された。ウクライナの保安当局は私を反逆罪で告発するとまで発表した。

現在、トランプがホワイトハウスに復帰し、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は強気に戻り、ウクライナは廃墟と化している。日々領土を失い、国民は士気を失い、インフラは破壊され、内部分裂は歴史上かつてないほどひどくなっている。

ウクライナ人は今、過去の過ちから新たな結論を導き出し、今も残る80%の領土を守らなければならない。

世界中の多くの人々はトランプを嫌っているかもしれないが、大多数のウクライナ人にとってトランプは平和への希望だ。ウクライナのエリートたちは、ウクライナ国民が日々苦しみ、死んでいくなかで、空想にふけり、砂の上で線を引くことをやめなければならない。

必要なのは、専門家が作成した現実的な和解案であって、素人の「ほしいものリスト」ではない。新たな和解案は、私が2016年に提案したものより不利なものにならざるをえないだろう。新ロシア派とのウクライナ東部紛争を終わらせるために結んだが反故にされたミンスク合意や、2022年のロシア・ウクライナ和平合意案のころより、事態ははるかに厳しい。

だが、私たちが交渉のテーブルにつかないままアメリカとロシアが合意するような案や、現在のような消耗戦が国家としてのウクライナを完全に破壊してしまう事態に比べれば、まだましだ。

ロシアは最近の戦場での成功を確実に利用するだろうが、失敗からも学んでいる。そもそもこのような長期戦を戦う準備ができていなかったロシアは、ウクライナ侵攻で高い代償を支払った。

プーチンが2021年に発表した論文「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」に書いた、ロシアとウクライナには兄弟のような絆があるという空想的な物語を信じていたのだとしたら、彼は今、情報源や諜報機関が嘘をついていたことを理解したはずだ。ウクライナ人は抵抗の意思と能力をはっきりと示した。

ウクライナの外交官が今やるべき仕事は、国内に十分な数のウクライナ人が残り、ロシアが再び侵略してくることを阻止する停戦や和平の条件を取り付けることだ。それならトランプの力を借りることもできるだろう。

プーチンは最近、ウクライナが「永世中立国」となる場合に限り、ロシアは1991年の国境に基づくウクライナの領土保全を受け入れると述べた。ウクライナが中立を宣言すれば、ロシアはこれまでに占領したウクライナの領土をすべて返還する、ということだ。

それでも尚、プーチンがウクライナの領土を1ミリでも支配し続けるか、ウクライナの主権が及ぶ領土を奪還しようとすれば、西側の防衛保証が発動する。このような交換条件なら交渉の枠組みとなりうる。

ロシアがウクライナの領土を侵害しない限り、ウクライナはNATOに加盟せず中立国であり続けるという条件が、新しい合意の礎になるだろう。ロシアが侵略的な行動をとった場合、ウクライナは自動的に米軍の保護を受けられることとする。

それには、アメリカを含むすべての当事者国の間に、ロシアが再び攻撃してきたら、アメリカが率いる多国籍軍が直接介入するという明確な合意が必要だ。

つまり、ウクライナは正式なNATO加盟国にならないまま、集団防衛を規定するNATO条約第5条よりもさらに強力な安全保障を受けることになる。これで、ウクライナの安全保障ニーズとロシアのNATO非拡大要求を両立できる。

ロシアが攻撃しない限り、ウクライナは中立を保つ。現代で最も厄介な地政学的問題のひとつであるこの紛争を解決すれば、トランプはノーベル平和賞を受賞する可能性さえある。

このような和平協定は、紛争の根本原因を取り除き、貿易と経済のつながりを再開する道も開くだろう。

だが、ロシアが占領した土地をウクライナに返還することを拒否したらどうすればいいだろう?

アメリカをはじめとする西側諸国は、ウクライナと和平合意を結んだほうが得だということをロシアに納得させなければならない。

和平合意が実現すればロシアは政治的にも経済的にも十分な利益が得られる一方で、合意を拒めばリスクと孤立の度合いが高まるだけだ。

もし占領地の返還を拒むなら、ロシアの主権を認める者などどこにもいないという事実に向き合わざるを得なくなる。

和平合意に応じなければ、制裁の対象国として孤立したロシアの状態は変わらず、貿易への制限はもちろん、指導者も一般国民も世界を自由に移動できない状態が続くだろう。

ウクライナも、もし国土の一部を占領されたままで領土を回復する現実的なロードマップが存在しないなら、中立国化を拒否するだろう。

最近のアメリカ政府高官の発言が示唆するように、ウクライナのNATO加盟は非現実的なのかもしれない。それでもロシアが平和を拒む場合には、アメリカによる直接的な安全保証措置が必要だ。

中国やインドといったグローバルサウスの国々の支持も得やすいだろう。中国はウクライナの国際的に認められた国境線を尊重する一方で、ウクライナのNATO加盟がもたらす危険に対するロシアの懸念にも理解を示している。

もし中国がアメリカと共にこうした提案を支持するなら、ロシアもノーとは言いづらくなる。さらにインドやブラジル、南アフリカもこうした基本路線に沿った紛争解決を支持するだろう。

過去3年間に起きたことを考えれば、紛争を現状のまま凍結するのは困難だろう。占領地の境界線は、さらなる紛争拡大への脅威と危険をもたらし、犯罪行為や違法取引の温床にもなりかねない。

和平交渉では、ウクライナ側からは国内再建の問題、ロシア側からは公的言語としてのロシア語の扱いといった問題も議題に出されるだろう。冷戦下のヨーロッパで東西両陣営の国々に対して国境の不可侵と安全を保障したヘルシンキ宣言のようなものが必要だ。

国連改革も急務だ。国連安保理には「常任理事国が戦争を始めたら必ず罰則を与える」という条項を追加すべきた。ウクライナも、腐敗の根絶など国内の改革を進めなければならない。

スローガンから行動へと軸足を移した政治家たちの目に映るのは、不愉快な真実だろう。最もうまく行った場合でも、ウクライナに残った人々が戦争終結と経済復興という「平和の配当」を受け取るには長い時間がかかる。ましてEUへの完全な加盟など遠い夢だ。

戦争で荒廃した上にいつまた攻撃を受けるか分からないような状態では、ウクライナに帰国する人は少ないだろう。あえて投資を試みる外国企業も出てきにくい。

つまりトランプは、欧米の安全保障の枠組を完全にリセットするという目標への取り組みを、欧州のすべての人々の未来に安心感をもたらすような野心的な和平合意とともに始めなければならないのだ。

残りの課題はウクライナ自身が解決すべきものだ。強く、回復力に富み、国境と領土を守る存続可能な国家は、自分たちの力で維持しなければならないことを、ウクライナ人は肝に銘じければならない。

From Foreign Policy Magazine

バシル・フィリプチュク(国際政策研究センター上級顧問、元ウクライナ外交官)

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