北朝鮮 5000トン級駆逐艦2号艦 横滑り進水過程 水中に横転

朝鮮中央通信によると、北朝鮮は5000トン級駆逐艦「チェ・ヒョン(崔賢)」級の第1号艦「崔賢(チェ・ヒョン)」号を黄海側の南浦造船所で建造し、4月25日に進水式を行った。数日後には兵器の実験も行った。

 続いて、同級の2号艦の進水式が5月21日、日本海側の清津造船所で行われた。

 ところが、2号艦の横滑り進水過程で事故が発生し、水中に横転してしまった。

 その事故を直接見ていた金正恩総書記は、絶対に許せない深刻な重大事故、犯罪行為であると厳しい評価を下した。

 北朝鮮が国威を示そうと期待していた大型艦が、水中に横転したのだから、金正恩氏が激怒したのは当然のことである。

 そして、大きなショックを受けたに違いない。

 1号艦を詳細に見ると、実は重大な問題があることが分かる。金正恩氏は当然そのことを知っていると思えるので、事故と欠陥というダブルパンチで衝撃を受けているはずだ。

 そこで今回は、北朝鮮最大のチェ・ヒョン級駆逐艦の真の能力について、①チェ・ヒョン号の実態、①大型軍艦建造の歴史から見た新型艦の実力、②写真から見える新型艦の実態、③新型艦、公表された能力の検証、④急速に進める軍艦の開発の問題について考察したい。

1.チェ・ヒョン号の実態

 北朝鮮は、チェ・ヒョン号進水後の4月28・29日に、多目的駆逐艦の艦搭載武装システムに対する戦闘適用性の試験を実施した。

 これら能力についての発表と、併せて多くの写真を公開した。

 北朝鮮が発表したチェ・ヒョン号の概要は、以下のとおりである。

 大きさは、
全長が117メートル(全長140メートルとの情報もあるが、乗船している人の大きさから艦の大きさを推測すると、117メートルが正しいと考えられる)、
幅16メートル、
排水量は5000トン(北朝鮮発表)である。

 海上自衛隊イージス艦「こんごう」の大きさは、基準排水量7250トン、全長161メートル、最大幅21メートルであり、チェ・ヒョン号はこんごうより一回り小さい。

写真 チェ・ヒョン級の第1号艦チェ・ヒョン号出典:朝鮮中央通信(2025年4月26日)

出典:朝鮮中央通信(2025年4月26日)

 備える兵器は、以下のとおり。

①超音速巡航ミサイル、戦略巡航ミサイル、対空ミサイル、 127ミリ艦上自動砲

②対艦戦術誘導兵器、艦上自動機関砲、電子障害砲

 運用上の能力は、以下のとおり。

①領海に侵入する敵を撃退する沿岸防御範囲を超える能力を備える

②主動的かつ攻勢的な防御システムを保有する

③新世代の高度技術を導入した攻撃および防御型の複合システムを保有する

2.5000トン級新型艦建造は容易ではない

 北朝鮮がこれまで建造した排水量1000トンを超える軍艦は、わずか6隻である。

 古い順から説明すると、1973年から1975年にかけて、2隻の「ナジン(羅津)」級フリゲート艦が就役した。

 それらの大きさは、全長102メートル、幅10メートルで、排水量は1200トンである。

 そのうちの1隻は、1993年5月の「ノドン」と見られるミサイル発射実験時に日本海に進出したことがある。

 建造後、50年以上経過している。現在、廃艦にされてはいないが、航行している情報はない。

写真 ナジン級フリゲート艦出典:海上自衛隊プレスリリース(ウィキメディアでは、米海軍が撮影したものとの記述があるが誤り)

出典:海上自衛隊プレスリリース(ウィキメディアでは、米海軍が撮影したものとの記述があるが誤り)

 1985年頃、ソホ級フリゲート艦1隻が就役した。

 その大きさは、全長74メートル、幅16.5メートルで、排水量は1600トンである。

 大きな欠陥があり、ほとんど係留されたまま動くことはなかった

 現在は、廃艦になっている。「ミリタリーバランス2016」には掲載されていたが、「ミリタリーバランス2017」からは削除されている。

 2013年頃に就役した南浦級コルベット艦(1300トン)は2隻で、それらの大きさは、全長76メートル、幅11メートルで、排水量は1300トンである。

 そのうちの1隻が2023年8月にミサイル艦に改修され公開された。

 側面から見ると、日米のイージス艦の形状に似ているが、形だけが似ているだけで、イージスシステムに類似した機能はないようだ。

 ミサイル発射は、セルから垂直発射されるのではなく、側面から発射するもので珍しく独特のものだ。

写真 巡航ミサイルを発射している南浦級コルベット艦出典:朝鮮中央通信2023年8月

出典:朝鮮中央通信2023年8月

 北朝鮮が1970年、1980年代に建造した大型艦は、ほとんどドックに入っていることが多く、活動は極めて少なかった

 2013年に建造した1300トンのコルベット艦は、活動しているようだ。

3.写真から見える北朝鮮新型駆逐艦の特色

 北朝鮮新型駆逐艦の写真を見ると、(1)世界のイージス艦の一般的形状に似せる、(2)ミサイル発射セル部分の比率が大きい、(3)静止している時にも左に傾いているという特色がある。

(1)世界のイージス艦の一般的形状に似せる

 北朝鮮の南浦級コルベット艦やチェ・ヒョン級駆逐艦の両艦では、艦の甲板の周りに、防護壁のような板が取り付けられている。

 米軍や自衛隊のイージス艦には、このような板はない。あるのは鎖の柵だけだ。

 なぜ、北朝鮮の新型艦の甲板には板が取り付けられているのか。

 特に、南浦級コルベット艦は、この板があることで平たい艦本体が流線形のように見えるように造られている。

 チェ・ヒョン級駆逐艦も、日米イージス艦のような流線形になるように、この板を取り付けていると考えられる。

写真 チェ・ヒョン​号の前後の甲板の形状と板(黄色矢印部分)出典:朝鮮中央通信

出典:朝鮮中央通信

写真 海自「まや」型 ミサイル駆逐艦北朝鮮艦のような矢印の部分の板はない(出典:海上自衛隊ホームページ)

北朝鮮艦のような矢印の部分の板はない(出典:海上自衛隊ホームページ)

(2)ミサイル発射セル部分の比率が大きい問題点

 北朝鮮の垂直発射システム(ミサイルセル)の数は74で、海自のこんごうのミサイルセルの数は90である。

 数は海自艦が多いが、セルの面積部分はチェ・ヒョン号がはるかに大きい。

 これは、船体が小さいにもかかわらず、多くのミサイルを搭載しているためだ。

 このような小さい船体に多くのミサイルを搭載したところに、敵のミサイルが1発でも命中すれば、間違いなく他のミサイルに誘爆して、大爆発を起こす。そして沈没することになる。

写真 チェ・ヒョン​号のミサイルセル部分(赤囲み部分)出典:朝鮮中央通信の写真に筆者が書き加えたもの

出典:朝鮮中央通信の写真に筆者が書き加えたもの

(3)射撃時、チェ・ヒョン号の船体が傾いている問題点

 チェ・ヒョン号の後部のミサイルセルから発射している写真がある。

 そのうちの2枚の写真には、後方左のセルから発射した時には左に約5度傾き、後方右のセルから発射した時には左に約3度の傾きがあった。

写真 チェ・ヒョン号が左に傾斜している様子出典:朝鮮中央通信の写真に筆者が書き加えたもの

出典:朝鮮中央通信の写真に筆者が書き加えたもの

 この艦は、もともと左に傾いているのか、それともミサイル射撃の影響で傾いたのかどうかは不明である。

 だが、駆逐艦が巡航ミサイルの発射で3~5度も傾くことは、艦の重心が比較的上にあってバランスが悪いか、あるいは復元能力が足りないという欠点があると考えられる。

 そして、チェ・ヒョン2号が横滑り進水時に横転した原因は、まさにこのことにあり、この艦の設計に問題があったということだ。

4.北朝鮮新型艦の能力の検証

 北朝鮮新型艦が保有する兵器、特に巡航ミサイル、電子妨害兵器、艦上自動機関砲について検証する。

(1)超音速巡航ミサイルと戦略巡航ミサイルの発射実験

 北朝鮮は、2種類の巡航ミサイルの実験を行った。成功したとは発表していない。

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 戦略巡航ミサイル(通常のタイプ)の過去の実験については、映像などから成功していると考えられる。

 超音速巡航ミサイルの実験については、判断する映像がないために、成否は不明である。

 ウクライナ戦争でロシアが通常型の巡航ミサイルをウクライナに大量に発射している。

 それらの飛翔速度は、マッハ0.6~0.8だ。音速を超えるものはない。

 ロシアが、超音速巡航ミサイルをウクライナに使用していないということは、そのミサイルを北朝鮮が開発に成功しているとは考えられないということだ。

(2)電子妨害兵器の実験

 北朝鮮はこれまで電子戦兵器の開発について、ほとんど実施してこなかった。それにもかかわらず突然、艦に搭載した電子戦兵器が出現した。

 ロシアからその兵器を導入したのかもしれないが、電子戦兵器を導入しただけでは、効果的に使用できるとは考えられない。

(3)艦上自動機関砲

 新型艦には、ロシア製の「AK-630」ガトリング砲が搭載されている。

 この砲は、1960年代に開発された旧式のもので、射撃指揮装置がこの砲とは別の位置に設置されている。

 現代のCIWS(Close-in weapon system、対艦ミサイルに対する最終防空兵器)は、射撃指揮装置(射撃レーダーと射撃管制レーダー)が一体型になっている。

 攻撃してくるミサイルを近距離で撃墜するためには、砲と射撃指揮装置が一体型でないと命中精度が悪くなる。

 ロシアから旧式のお下がり兵器を供与されて取り付けたのだろう。

5.急速な兵器開発で欠陥が顕著に現れる

 北朝鮮はこれまでの50年間、1600トン以下の軍艦しか建造することができなかった。それも、十分に機能せず、ドック入りが多かった。

 1300トンのコルベット艦建造から約10年が経過して、やっと約5000トンの軍艦を建造した。

 北朝鮮の艦艇建造設備、技術力、経験の点からすれば、問題が生じても不思議ではない。

 北朝鮮は、新兵器を実際に開発するも、モックアップや写真でごまかすこともある。

 実際に開発には年数がかかるのが当然だ。急速に開発を進めようとすると、欠陥もたくさん出るし失敗もする。今回もそれが顕著に現れている。

 だが、北朝鮮は失敗し欠陥品を作っても、その後、成功し完成させている。

 現在は、ロシアという技術と経験を与えてくれる支援国がある。日本は、このことを十分に認識していなければならない。

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