この世界って一見、いろーーーーんな人がごちゃまぜで暮らしているように見える。でも、実際は結構、似たような人が固まるようになっているんですよね。特に都会だと、お金持ちの子は早い段階から名門私立に入って、エスカレーター式で大学までいって、有名企業に入って、そこには似たような育ちの人がいて……。もちろん完全に分岐しているわけではありませんが、緩やかに、そして静かに似た者同士のコミュニティが形成されていく現象が起きている……みたいなイメージでしょうか。
ただ、この世でも格差シャッフルが起きることがあるんです。私はそれを、「越境」と呼んでいるのですが、まず高校でそれを経験しました。
なぜか自分とはかけ離れた育ちの人と関わる機会が多い人生で、事あるごとに、“毛並み”の違いみたいなものを感じて生きてきました。
私が住んでいたど田舎では、東大をはじめ難関大を目指すならば、必然的に公立の進学校に行くことになります。地域に一つはトップの公立の進学校があって、地域全体から勉強できる子たちが集まってくるのです。私は担任から進学校を勧められてじゃあ行こう、と思ったわけですが、もし勧められたのが私立だったら経済的理由で進学をあきらめるところでした。公立だったので無事進学し、そこで世界が一変します。
中学校までは、自分と同じような貧乏育ちの子たちが周りにいました。でも進学校に行くと、誰一人としていなくなっていました。
進学校に入るといじめがなくなったーー貧乏育ちの私が実家が太い集団の中で気づいたこと
それだけでなく、家庭環境が複雑だったり、素行に問題があったりして先生が目をかけていた子たちもいなくなっていました。つまり、ほかの高校に進学していったんです。
理由は様々ですが、話を聞いてみると家に落ち着いて勉強できる環境がなかったり、塾や通信教育を利用できないので進学校に合格する学力がない、進学校はバイト禁止なので家が貧しいと経済的に苦しくなる、進学校は大学進学するよう厳しく指導されるが、大学に行くお金がないからそういった指導がない高校に行く、などいろんな理由がありました。
/・ いじめは 貧困と結びついている?
家庭環境が複雑 落ち着いて勉強できる環境がない?
気が付いたら自分と同じような子はいなくなり、私だけ取り残されたような感覚になりました。
病院・役所・銀行関係者の多さに驚き
私が進学した高校には、中学校まではクラスにひとりは必ずいたような、先生にしょっちゅう注意されて目を付けられるような子はひとりもいませんでした。みんな真面目で優等生。もちろんその中でもややさぼりがち、くらいの子はいましたが、その中での不真面目さってたかが知れているんですよね。そもそも指導がめちゃくちゃ厳しくて、成績が悪いと学校生活はどんどん厳しくなるので、どんな子でも勉強は最低限がんばります。
さらに、中学まではあったいじめが一切ない。あからさまに意地悪な子がいないんです。これには本当にびっくりしましたね。
そしてなにより、裕福な家庭の子が本当に多かったんですよね。田舎のコミュニティって狭くて密なので、大体どこで誰が働いているか、なんて把握されていたりするんです。特に親が病院や役所で働いていたりするとすぐに話が回ってきます。〇〇医院という看板が出ていますから、苗字が一緒だと、「あそこの娘さんらしいよ」なんて会話が聞こえてくる。
進学校に入るといじめがなくなったーー貧乏育ちの私が実家が太い集団の中で気づいたこと
高校でできた友達は、本当にみんな親御さんの仕事が地方の手堅い仕事レパートリーオールスターズだったんですよね。保護者会をしたら町中の病院の先生と役所の職員と学校の先生と銀行の職員が大体揃うんじゃないかと思いました。
あれ私、なんか場違いなところに来てしまったかもしれない……。なんだか周りと違いすぎないか?! そう思うことが雪だるま式に膨れ上がっていく日々でした。
長毛種の猫
私は最初の「越境」で、今でも仲のいい友人たちと出会うわけですが、その中のひとりと出会ったとき、こう思ったんです。
ぺ、ペルシャ猫や……。
個人的に、私服よりも制服を着ている方が「違い」って可視化されるように思うんです。同じ制服を着ることで、一旦同じラインに並べられるからこそ、それ以外の情報に目が行きやすいというか。
まず私は制服は人から譲ってもらったお古だったのでサイズが全く合っていなかったんです。そんな人は本当に誰もいなかったので浮いていました。それに比べ、ペルシャ猫っぽかった友人は長毛種を思わせる艶々で手入れの行き届いた髪に加え、ブランドものの靴下やローファー、バッグなど、身に着けているものがどれも質のいいもので。高貴! という感じの隠しきれない雰囲気、質感がにじみ出ていたんですよね。進学校に入るといじめがなくなったーー貧乏育ちの私が実家が太い集団の中で気づいたこと
大人になって、「高校の時髪綺麗だったよね」と聞いてみると、「まぁ6歳からストパーかけてたからね」と言われました。え、6歳でストパーってかけられるもんなんだ?! 未就学児なのに?! あとは、親御さんが定期購入していた高級スキンケアやヘアケアを使っていて、家には10万円の美顔器があったとか。長毛種の猫を擬人化したようなルックスはそうやって作り上げられていたんですね。
親がいかつい車に乗ってるのが悩み
友達がペルシャ猫なら、私は排水溝に詰まったドブネズミでした。髪質が悪すぎて、排水溝に詰まった髪の毛を頭にのっけたみたいだな、と自分の髪を見るたびしみじみ思います。
高校時代「ライオン」というあだ名を付けられ、太い・硬い・多い、爆毛を飼いならせずにいました。縮毛矯正をするお金なんてあるはずもなく、放っておけばどこまでも盛り上がって縦横無尽にハネ散らかす髪を抑えるには結ぶしかない。でも、中学の厳しすぎる校則からやっと解放され、やっと髪を下ろしてもOKになったのに、結ぶなんてもったいない。下ろしたい! そして下ろして学校に行くと、やっぱり「今日なんか爆発してんな」と言われる。そんな毎日でした。
ちなみにドブネズミは家に住み着くネズミの中では大型で、どう猛で、雑食性だそうです。子どものころから背が高くて、家に食べるものやお菓子がない代わりに花の蜜や木の実を食べることもあった私はなんとなく親近感を抱いてしまいます。ドブネズミって、名前はかわいくないですけどよく見ると愛らしいです。
ペルシャ猫っぽい友人を見て、自分とは“毛並み”が違う、というかそもそもなんか生物の種類が違くない? と本能的に感じた私でしたが、結局彼女とは大人になっても続く友情を育むことになります。
ペルシャ猫っぽい友人は、冗談抜きで地域ではトップクラスのお金持ちだったと思います。その子の学生の時の悩みは、「親が派手な車で学校に迎えに来るせいで、目立ちすぎて周りの視線が気になること」。確かに、田舎ののどかな景色に似つかわしくなさすぎる黒光りするテカテカボディは、スーパーの駐車場で隣にとめてあると緊張するタイプの高級車。車のメーカーとかさっぱりわからない私でも、どえらい高い車ということくらいはすぐにわかるほど、威光を放っていました。
進学校に入るといじめがなくなったーー貧乏育ちの私が実家が太い集団の中で気づいたこと
なんで仲良くなったかはよく覚えていませんが、とにかく言えるのは、育った環境はまるで違えど、みんな本当にいい子だったということです。朗らかで小さいことは気にせず、困っている人がいれば助けて、誰かに意地悪することなんて絶対にない。学校の行事でグループを作らないといけないとき、どこのグループにも入れない子がいたら、こっちに来る? と迷わず言える。
彼女たちと一緒にいて、あまりの毛並みの違いにビビることはたくさんありましたが、それで何か引け目に感じることは一切ありませんでした。放課後コンビニに一緒に行っても私は何も買えなかったり、誕生日プレゼントも高いものはあげられなかったりということもありましたが、彼女たちはいつも分け隔てなく仲良くしてくれたのです。
学生生活で一番「格差」を感じた出来事
大学受験が近づくと、周囲との違いを色濃く感じるようになりました。
周りを見ていると両親が大卒はスタンダード。だから子どもも大学に行くという選択肢が深く考える前から当たり前にある。大学進学から逆算して早くから塾を探したりする。そんな感じでした。
地方あるあるかもしれませんが、国公立至上主義なところがあって、多くの生徒は国公立大学を目指すようになります。その中で、塾に行かず通信教育も一切やっていないという人は少数派です。
周囲は受験の時、滑り止めとして私立大学を併願する子が多く、受験に失敗した場合も予備校に通いながらの浪人を選択肢にいれるのが当たり前という世界でした。私は塾、私立併願、浪人も絶対NGだったので、精神的に追い詰められていきました。
進学校に入るといじめがなくなったーー貧乏育ちの私が実家が太い集団の中で気づいたこと
国公立の受験は前後期の2回チャンスがあるとはいえ、それで失敗すれば本当に大学進学という道はなくなります。
そんな状態での受験は過酷な体調不良との戦いでした。全身がだるくなって動けなくなったり、1か月何を食べても下して下痢が止まらなくなったり。長時間勉強すると頭痛や吐き気、めまいや酷い倦怠感に襲われました。次から次にあらゆる不調が襲ってきて、病院に通いながらどうにかこうにか勉強を続けるという状況でした。

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