「Deepseek」について北京在住で北京大学MBAに通う岡俊輔氏が解説します(metamorworks /PIXTA)
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中国製LLMである「DeepSeek」の登場が、NVIDIAを含むアメリカのテックの株式市場に衝撃を与えた。
DeepSeekのOpenAIよりはるかに少ない設備資源で、
OpenAIなどの先行するLLMと同等以上のパフォーマンスを発揮すると言われている。
LLMに巨額投資をしていたアメリカのテック企業への投資の妥当性が疑われ、
そもそもNVIDIAが提供するGPUにも疑いがかけられたことで、
これらの会社の株価は大きく値下がりした。
この状況をどのように考察するべきか。
昨年の8月に「『中国AI』はChatGPTを超えるか?驚く実態(前編)」の記事も寄稿していた北京在住で北京大学MBAに通う岡俊輔氏に解説してもらう。
唯一、アメリカと差があるのが「半導体」だったが…
昨年8月に書いた記事(「中国AI」はChatGPTを超えるか?驚く実態(後編))では、
(中国政府の)3カ年計画の中で中国がアメリカを超え、
他の国々も大きく引き離すほどに飛躍的なAI大国に成長していく未来も否定しきれないのではないでしょうか。
と3年以内で中国AIがアメリカを超える可能性を示唆したものの、
このスピード感で世界のLLMにキャッチアップしてくるとまでは正直予想できませんでした。
その理由も記事内で、下記のように書いていました。
AIサービスの良し悪しは、
①データ量 ②技術力 ③半導体
この3つのクオリティで決まります。
実のところ、すでに中国は「①データ量」「②技術力」ともに、
アメリカに追いつきつつあるといえます。
データ量において、14億人の国民が存在する中国は、
インターネットユーザー数が世界一のデータ大国です。
技術力においても、優秀なエンジニアを数多く抱え、世界トップレベルのAI技術力を誇っています。
唯一、アメリカと差があるのが「③半導体」です。
この半導体の差を埋めるには、半導体を購入するための購買力が上がるか、
自国産の半導体のクオリティが高まるのを待つしかないと私は思っていました。
ですので、今回のDeepSeekが「技術力」によって、
半導体の差異を埋めるという解決方法は自分にとっても驚きでしたし、
それが株式マーケットへも大きな動揺を与えたのだと思います。
金融業界において、レバノン出身の学者・哲学者・投資家であるナシム・ニコラス・タレブ氏が著書『ブラック・スワン』の中で提唱した概念で、通常予測が非常に困難で、発生した場合に極めて重大な影響を及ぼす事象をブラックスワン(Black Swan)理論と呼びます。
DeepSeekが果たして、この昨今の膨張する株式経済における「ブラックスワン」になりえるのか。
私自身は株式投資は素人であるという前置きの言い訳をさせてもらいつつ、
自分なりの現在の考察を書かせていただきます。
真偽は不確だが「サービスのクオリティ」は確か
いま株式市場の動揺を受けて、
DeepSeekに関するさまざまなニュースや関連記事が噴出しているように思います。
しかし、それらの情報の真偽はポジティブな情報であれ、
ネガティブな情報であれ、慎重に受け取る必要があります。
なぜなら、中国でAI領域は国家産業領域と言えるからです。
以前、私はDeepSeekではない当時の中国大手LLMに取材を申し込みましたが、
一切の取材を断っていると言われました。
このような領域は外部の人間に重要な情報が流れることはありえません。
無論、私も内部情報は持っていません。
そして、もし内部情報を持っている外部の人がいたとしても、
それを積極的に公開する人もいないはずです。
したがって、外部の人が話す噂レベルの情報は安易に信じるべきではありません。
DeepSeekのホームページが発信している内容や、
DeepSeek関係者が発信している内容だけを丁寧に追うべきです。
DeepSeekもマーケットの信頼を得るために、
これからより積極的に情報を発信していく可能性もあるでしょう。
ただ、サービスの背景に関する真偽はどうであれ、サービスのクオリティは確かです。
一度触ってみると、それを実感できるはずです。
このクオリティを無料で提供できるのであれば、
アメリカのアプリストアで一時首位に立った理由も納得できます。
とはいえ、確かなことがあります。
それはこのアプリが「純中国産」であることです。
「純中国産」であることの衝撃
オフィスは浙江省の杭州に位置し、社員数は200人に満たないというのは確からしい事実です。
今まで世界で展開しているAI企業は、中国の本土ではなく、
たとえば台湾のNVIDIAであったり、香港であったり、
ByteDance社も展開先の地域に法人を持っています。
しかし、DeepSeekは中国の本土で起業をし、
そこにいながら世界展開をしています。
中国で起業をし、中国で法人登記をしているということは、
つまりそれは中国政府の目を通っているということも意味します。
中国政府とDeepSeekとの関係性の強弱はわかりかねます。
ただ、中国は国としてこの領域も重点領域としていることは事実であり、
その国で生まれたサービスが国内外でインパクトを与えていることは、
大きな衝撃と言えるでしょう。
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中国のIT起業家がサービスの拡大にあたって最もリスクと考えることのひとつは、
政治的な理由でアメリカに排除されることです。
アメリカの大きな市場を失うだけでなく、その影響が世界に及ぶからです。
ただ、それがトランプ氏の大統領就任によって風向きが変わりつつあります。
政治的に抹殺されかかったByteDance社のTikTokは、アメリカとしての落とし所を見つけ、停止処分から一転、サービス再開をしています。
アメリカの反応が「中国の起業家」に夢を与える
今回のDeepSeekも、株式市場においてはアメリカ企業に大打撃を今後も与える可能性があるにもかかわらず、トランプ大統領はDeepSeekに対して、下記のように述べています。
「私はこれをポジティブに捉えている」
「ウェークアップコールだ。勝つための競争により集中する必要がある」
DeepSeekのアメリカでの展開を停止する可能性もあった局面ですし、
今後制限される可能性も十分ありえますが、
現時点においてはそこまで厳しい処置はなされておりません。
アメリカ国民の民意を反映したものなのか、
中国との関係性を慮ったことなのか、トランプ大統領の真意はわかりかねます。
ただこれはTikTokの件も、今回のDeepSeekも、アメリカに排除されなかったことは、グローバル展開を目指す、中国国内の優秀な起業家にとって大きな希望になることは間違いないでしょう。
昨年記事を出した8月の段階では、
DeepSeekは中国国内でも目立った存在ではありませんでした。
この半年で急速に発展してきたAI起業のひとつです。
そのため、昨年の記事の中では紹介しませんでした。
このような新興AI企業は中国にはたくさん存在し、優秀な起業家が中国国内の厳しいマーケットの中で切磋琢磨しています。
そもそもゲームアプリの領域では、中国勢がマーケットのシェアをすでに大きくとっていますし、SNSはTikTok、ECはTemuやSHEINなど、
IT系サービスは中国製が世界のマーケットのシェアの多くをとりはじめています。
EVやロボットなどの製造品は普及までのタイムラグがありますが、
DeepSeekのようなLLMに関しては、
他のIT系サービスのような展開先の地域へのローカライズがほとんど不要ですので、
むしろ最も中国製の世界展開が速い領域なのかもしれません。
DeepSeekは「始まり」にすぎない
DeepSeekの半導体使用に関する情報などは真偽に注意深くなる必要もあるとは思いますが、
純中国産のLLMサービスがアメリカおよび世界で成功しつつあるという事実が、
中国国内のAI起業家にとって大きな希望であり、
政治的な障壁がない限りは、むしろこれから加速することでしょう。
あくまで株式投資や技術周りも素人に近い立場としての私の意見ですが、
今後中国AIの急速な発展が、世界の膨張する資本市場になんらかの大きなインパクトを与えてしまう可能性はあるのかもしれません。
少なくとも、DeepSeekは中国AIサービスのこれからの大きな発展の始まりにすぎないです。
しかし、中国製LLMや中国製半導体も含めて国家産業領域は、
外部の人間にとってリアルタイムでその実態を掴むことは難しく、
今回のDeepSeekのように気づいたら世界のマーケットのシェアをとっていたということは今後も十分に考えられますし、
その度に株式マーケットが敏感に反応する可能性がありえます。
そういった点で、DeepSeekにかかわらず、
中国AI産業そのものが「ブラックスワン」になりえるのかもしれません。
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