武器輸出依存は 「落ちぶれ」への道?

<世界の民生品市場で完敗した日本の財界は、二次リーグである官需、その中でも武器輸出に頼ろうとしている>

1976年に、当時の外相で後に総理になる宮沢喜一氏は、武器輸出に関連して次のような国会答弁をしました。

「わが国は兵器の輸出をして金を稼ぐほど落ちぶれてはいない」

その50年後の2026年3月に、武器輸出に積極的な高市早苗首相は、この宮沢発言について同じように国会の場で、

「落ちぶれたことだとは思わない」

「もう時代が変わった」

などと発言しています。この高市発言は早速実行されました。発言から約1カ月後の4月21日には武器輸出の目的を「救難・輸送・警戒・監視・掃海」に限っていた「5類型」の撤廃を決定しました。事実上、武器輸出を解禁した形です。

武器輸出のよる大きなデメリット

この問題ですが、亡くなった宮沢氏も高市氏も、視点は共有していると思います。武器輸出は戦争に加担する可能性のある行為であり、世論の中に善悪の問題として賛否があるので、そうした国論の分裂を気にするという点、これは両者に共通です。

ですが、おそらく宮沢氏も気づいていなかったと思いますが、この「落ちぶれ」という言葉には、実はもっと深い意味があるのです。高市氏に至っては、その深刻度に全く気づいていないのでしょう。

武器輸出、あるいは軍需産業に経済が依存するというのは、言葉の本来の意味において「落ちぶれ」にほかなりません。その前に、まず武器輸出には大きなデメリットがあります。

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(1)同盟国、同志国にしか売れないので市場に制約がある

(2)軍需に囲い込まれると、素材、回路、ソフト、製造方法、品質管理などといった、民生用でもっと大きな経済的成功の潜在能力のある技術が、機密の黒塗りの世界に入ってしまい、成長ポテンシャルが損なわれる

(3)命がかかっているので、ユーザーは自分でメンテしたがる。なので、売ったらそれでおしまい

(4)競争原理や市場の洗礼を受けにくいので、実は技術的に遅れてしまっていても気づきにくい

(5)軍需で有名になると、そのブランドが反対派や非同盟国にとっては著しくイメージが悪化し、マイナスの経済効果がある

(6)ユーザー側は極めて政治的な官需であるので、往々にしてその国の政争に巻き込まれたり、贈収賄トラブルに巻き込まれる危険がある

この中で特に重要なのは(1)(2)であり、昭和の日本はこのことを理解していたので、民生品に特化した製造業を全方位外交にもアシストしてもらって、世界を制覇することができたわけです。

日本は世界の民生品市場で完敗した

では、こんなに弊害があるのに、どうして昨今は、財界や多くのメーカーの間で、軍需への期待があるのかというと、次のような理由からです。

「若い世代を中心とした世界の消費者ニーズを理解できなくなり、民生品の競争力が崩壊した」

ロボットの高度化により、英語のできる理系人材を多数揃えないとデバイスの大量生産はできない
だが、教育のミスマッチのために人材を用意できない

先端産業が巨大化する中で、大規模な資金を集めてリスクを取れる経営がない。半導体やAIの開発競争に加われない

空洞化が国内経済を破壊することを十分に理解していない。ホイホイと海外生産を展開して、気づいたら製造技術や品質管理を丸ごと盗まれている」

つまり、世界の巨大な民生品市場で完敗したので、二次リーグである官需に頼るようになり、その中でも一品一品を手作りする旧技術で何とかなり、比較的単価の高い定価販売ができる武器輸出に頼ろうとしているのです。しかも前述のようにさまざまな弊害がある中でです。

これは、世論が二分するとか、殺人の道具を売るのはイヤだとかいう特殊な意味ではなく、言葉そのものの意味において「落ちぶれ」以外の何物でもありません。財界にも、政界にもその反省がなければ、「ジャパン・イズ・バック」などと叫んでも虚しいだけです。

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